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夏を終わらせない
彼は職場を辞めていた。
ボクがそれに気付いたのは、一ヶ月半も経った後だった。
元々シフトが重なることもなかったし、
頻繁に連絡を取り合うような仲でもなくなっていたけれど、
寂しくないと言えば嘘になる。


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所狭しと積み上げられたCD・・・
真っ白に充満する煙草のケムリ・・・
雑然と楽器が立て掛けてあるその部屋は、微かに絵の具の匂いが漂っていた。

「こうすると、美味いんだよ」

彼はそう言いながら、缶ビールの呑み口のすぐ下あたりを親指でへこませた。
ボクもそれに倣った。
正直、さほど大きな変化は感じられなかったが、
やっぱり夏の夜に呑むビールは非の打ちどころがなかったので、
ただ「美味い。」とだけ言った。


たくさんの音楽を聴いて、
セックスの話をして、
誰かのことを馬鹿にして、笑った。

そう。

まるで世界中の光を集めたような日々の中で、
ボクらはたしかに息づいて、
シミひとつ無い真っ白な掌を見えない先へとかざし続けることに、
少しの不安だって感じなかった。


彼が音楽から離れて美大を受験する意志を打ち明けた時、仲間の一人は猛反対した。あとの何人かは、なんて言ったら良いのかわからない、といった風だった。
ボクは、
好きにしたらいいさ、と思った。でも、実際には口にしなかった。
いや、言ったんだっけな?


ボクは新しくバンドを結成し、彼は油絵に没頭する。


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『MR.ORANGEMAN』という幾分スレスレなタイトルの曲をレコーディングし終わった頃、ボクは出来上がったばかりの音源を持って上野へ向かった。
彼の作品が美術館の貸しアトリエに展示されている、そういった主旨のポストカードが送られてきたのだった。
駅でカメラマンの友人と待ち合わせ、会場へ向かう。
(まったくもって余談であるが、カメラマンは小・中学校の同級生で、当時あまり仲がよくなくて・・・というより悪くて、ちょっとしたイザコザから顔面を思いっきり蹴られた思い出がある。当時、彼はサッカー部だった。そのせいで、ある一時期の写真にうつるボクの顔には、まるで後からマジックで付け足したかのようなカサブタがある。)

入口カウンターで名前を記入する。ボクはいつもより丁寧に、慎重に書いたつもりだったが、別に大したことの無い字だった。紛れも無くボクの字だ。大抵の場合、そんなもんである。
撮影許可をもらったカメラマンは会場に入るや否や、ファインダーにベッタリ。レンズの向こう側の世界に夢中になっている。
ボクは、へえ、と思う。
コイツ、ホントに写真好きなんだな。昔は全然、そんなことなかったのに・・・
でも、それは自分にも言えることだった。
過去に通り過ぎて行った人たちは、ボクが自作の曲を人前で歌うなんて予想だにしなかっただろう。

壁に並べられた美大生達の絵は実に様々だった。
写実的なもの、コミックアート、難解なもの、ファンタジックなモノ。
ちょっとした提案だけど、作品の隣に作者の顔写真が貼ってあったら面白いのに。
「ほう、このエキセントリックな作品はこんな朴訥とした青年が描いたのか!」とか、「んふ・・・可愛い子ちゃんが、こんな・・・エグ・・・」
みたいな。
ボクとの会話を放棄してシャッターを切りまくってるカメラマンをよそに奥へ進むと、その絵はあった。

大人に抱きかかえられた、幼児の絵。
風景は大人の背中越しから切り抜かれ、肩から覗く幼児の顔を中心にした構図。
ハイクオリティな作品群の中、その絵は幾分、場違いに感じられた。
安易すぎるし、素直すぎた。まるで小学生の夏休みの宿題。
ボクは嬉しくなって思わずニヤけてしまう。
お世辞でも誇張でもなく、その作品が一番ヘタだった。
でも間違いなく彼の絵だと言うことにボクはひと目で気付くことができた。
・・・ああ、そうだ。
その絵はまさに彼自身だったのだ。

待ち合わせた館外のベンチへ行くと、彼は煙草をふかしていた。

「なんだよ、あの絵。温かみしか感じねーよ。」

と、ボクは言った。

「だろ?」

と、彼は得意げな表情を浮かべた。


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ファーストフードで、三人で、昼食をとった。
カメラマンはポテトを頬張るボクらまでも写真に収めようとする。
なんなんだ。
久々の再会だったのにも関わらず、ホント他愛も無い話で盛り上がった。
ボクは持ってきた音源をポータブルMDプレイヤーでかつてのバンドメンバーだった彼に聴かせ、感想を求めた。

「うん、なんか右からも左からも声が聴こえるよ。」

と彼は言った。なんなんだ。


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彼と過ごした日々をアタマの中で反芻すると、何故かそれはいつも夏だった。
むせかえるような太陽の下の井の頭公園・・・
人波を縫うように汗だくで駆け抜けるサンロード・・・
半袖で缶ビールいっぱいのビニールを下げて歩く深夜の中道通り・・・
そういえば彼は誕生日だって夏だったな、とボクは思い出す。

ボクが遥か向こうに見たあの夏の幻影は今も心を疼かせてやまないのだ。
| まん | まん日記 | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0) |









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